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東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)173号 判決

一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

二 審決の理由の要点2摘示の第一引用例記載の考案の内容、同3摘示の本願発明と第一引用例記載の考案との一致点及び相違点は当事者間に争いがなく、この事実と原本の存在及び成立に争いのない甲第二号証(本願発明に係る公開特許公報)及び成立に争いのない同第三号証(第一引用例に係る実用新案公報)を総合すると、本願発明は、ある季節・時刻・地方における星の方位・高度を知るために用いられる既存の星座早見盤は星座を平面上に投影したものであるため星座の形の歪みが大きく、また、これを球面上に投影した天球儀は星座の形に歪みは生じないものの製作が困難で高価であるとの問題点があつたため、星座の形の歪みが少なくて天球と見比べやすく、かつ、製作の容易な星座表を提供することを目的として、前記当事者間に争いのない本願発明の要旨(明細書の特許請求の範囲の記載に同じ。)のとおりの構成を採用し、右目的にそう効果を得たものであること、他方、本願発明の出願前公知のものである第一引用例記載の考案は、腕(椀の誤記と認める。)状体の内側に星座表を表示して、あたかも天体を仰ぐ感じで星座を観察することを目的とした凹面星座儀に係るものであること、また、両者は、立体の内側に星の描いたものである点で一致し、星を描く対象たる立体として、本願発明が多面体の構成を使用するものであるのに対し、第一引用例記載の考案においては、球面体(ただし、半球)である椀状体の構成を使用するものである点で相違することが認められる。

三 そこで、原告主張の取消事由について検討する。

1 取消事由(1)について

(一) まず、原告は、第二引用例には審決指摘の如き球面体を多面体で近似させる思想は記載されていない旨主張しているので、この点につき検討するに、第二引用例中にポリグノモン投影法の記載があることは当事者間に争いがなく、この事実と成立に争いない甲第四号証(第二引用例)、乙第三号証の一(一九六四年七月二五日岩波書店発行の「KAGAKU no ZITEN」第二版)及び同号証の二(一九八〇年一一月研究社発行の「NEW ENGLISH―JAPANESE DICTIONARY」第五版)を総合すれば、第二引用例記載の発明は、本願発明の出願前公知の発明で、地球や天球等の球面体を二分した二個の半球上の要素を平面上に表した平らなマツトからなる地図又は星座早見表に関するものであるが、その作成の過程で、球面上の要素を平面上に投影する手段として、球の中心に視点を置いて透視した球面上の要素を投影面に透写するグノモン投影法(地図作成等に用いられ、心射図法ともいう。)の一種で、右投影面として、球の中心と同一の中心を有し、各面が該球面に接する多面体上の複数の面を用いるポリグノモン投影法を採用したうえ、更に右多面体として正二〇面体を用いたものであることが認められる。

ところで、球の中心を投影の中心として球面上の要素を他の面に投影する場合、これを球と同心の球面上に投影するならば投象の歪みが全く生じないことは自明であるが、地図等を作成するために、平面に展開することのできない球面に代え平面又は平面に展開することのできる投影面を用いるときは投象の歪みを避け得ないところ(このことは、通常一つの平面又は曲面を投影面として用いるものである、地図投影法に関する前掲乙第三号証の一の記載からも窺われるところである。)、前記ポリグノモン投影法は、右投影面として、球の中心と同一の中心を有し、各面が該球面に接する多面体の複数の面を使用するものであり、これが、複数の投影面を有し形状的にも球面体に近似させた多面体を用いることにより、右投象の歪みをできるだけ減少させようとする目的にでるものであることは明らかというべきである。そして、第二引用例においては、前認定のように、同投影法を採用したうえ、これに用いる多面体として、正多面体のうちで、最も面の数が多く(この点は当裁判所に顕著である。)かつ最も球に近似した正二〇面体を使用しているものであるから、そこには、球面上の要素を投影面上にできるだけ正確に投影するため、投象に歪みがでない球面体の代用として、できるだけ面の数が多く、かつ形状的にも球面体に近似させた多面体を用いようとする考えがみられるものであることは明らかである。そうすると、第二引用例には、天球体等を表すための投影面として、球面体を多面体で代用し、これに近似させる技術思想が記載されているものと認めることができ、これと同旨の審決の認定判断は正当であつて、その不当をいう原告の主張は採用できない。

(二) しかして、前認定のとおり本願発明の出願前公知の右第二引用例の記載に加え、これに用いられるポリグノモン投影法自体が従来より周知のものであつたこと(この点は当事者間に争いがない。)に照らすと、天球体等を表すために、星座等の投影面として、球面体に代えこれに近似した多面体を用いることは本願発明の出願前周知の技術思想というべきであり(ちなみに、後記乙第一、第二号証記載のものも基本的には右技術思想を採用するものといえる。)、また、球面体を多面体で代えることにより、球面体の場合に比べて製作が極めて容易になるなどの利点があることが後記のとおり当業者に自明の事柄であることにかんがみれば、星を描くための立体として、球面体(ただし、半球)である椀状体を用いる第一引用例記載のものに代え、本願発明のように多面体を用いる構成のものにすることは、審決指摘のとおり、必要に応じ、当業者において適宜なし得る程度のことにすぎないものと認められ、また、そのために格別の創意工夫を要するものとも認められないから、この点に関する審決の認定判断は相当であつて、原告主張のような誤りはない。

(三) よつて、本願発明の構成の困難性に関する審決の認定判断の誤りをいう取消事由(1)は理由がない。

2 取消事由(2)について

(一) 原告は、本願発明に特有の作用効果として、その保管、運搬、配布及び製作が容易であり、殊に、本願発明のものは紙工作等で簡単に製作できる点をあげるが、本願発明のような多面体の構成のものが第一引用例記載の考案のもののように球状体(ただし、同引用例のものは椀状体)の構成のものに比し右のような利点を有するものであることは、多面体自体の特性上当然であり(製作が容易であることについては、原告もこれを多面体の特長であるとしている。)、現に成立に争いのない乙第一号証(昭和五〇年二月四日付の実用新案登録願書等)及び第二号証(昭和四九年一月三一日差出の実用新案登録願書等)によれば、右乙第一号証には、仮想地球の地図をポリグノモン投影法によつて正六面体に投影して作成する地球儀に関する考案が、乙第二号証には、地球の地図を正六面体に投影した地球儀の製作に関する考案が各記載されており、これらは、いずれも製作が困難で高価な従来の地球儀に代えて、簡単にして廉価に組み立てられる地球儀を提供することを目的とするもので、本願発明出願前において周知の技術であることが認められるのである。そうであれば、球面体に代え多面体を用いることによりその製作が容易になることが本願発明の出願前から当業者間において自明なこととして知られていたことが窺われるものである。

なお、右乙第一、第二号証に関し、原告は、本訴に至つて被告が多面体の製作が容易であることの周知性立証のためと称してこれらを提出するのは、審決において判断の基礎とされた拒絶理由とは別個、独立の事実を新たに主張又は立証しようとするものであつて許されない旨主張するが、進歩性等の判断の前提として審決で言及された出願当時の技術水準又は周知事項を立証するために審決取消訴訟において新たな立証をなすことは何ら妨げないものというべきであるのみならず、審決において明記を欠く技術水準又は周知事項であつても、審決の記載に照らし、これらの事項がその判断の前提をなしていることが明らかである場合には、これを審決取消訴訟において新たに主張し、かつ立証することは何ら差し支えないものと解すべきところ、本件においても、審決の記載自体に照らし、球面体に比べ多面体のものが容易に製作し得るものであるという自明の事柄が、本願発明の作用効果の顕著性の有無を判断するうえでの当然の前提をなしているものであることは明らかというべきであるから、原告の右主張は採用できない。更に、原告は、被告が審査、審判の過程を通じ右事項がその判断の前提をなしていることを提示しなかつた点の違法をいうが、判断の前提をなす自明の事柄についてまで、すべて明示的に請求人に提示しなければ審決等が違法になると解すべきいわれはないのみならず、本願発明が前記二認定のような目的及び作用効果を有するものである以上、その作用効果の顕著性を論ずるうえで右自明の事項が係わることは請求人(原告)にとつても容易に了知し得た筈であるというべきであるから、原告の右主張も採用の限りでない。

(二) また、原告は、本願発明は、多面体の内側に中心投影法により星座を描いた場合、星座の方位、高度、視角に歪みが生じないという法則を利用するもので、これを使用者が多面体の中心又はその付近から眺めることにより第一引用例記載のものとほぼ同様の天球との見比べやすさを得ることができる旨主張するところ、右原告のいう中心投影法がこの場合ポリグノモン投影法を指すことは明らかであり、また、当事者の主張に徴すれば、右のような法則がポリグノモン投影法に存することも争いがないものと認められる。しかして、本願発明の要旨は、前記のとおり、明細書の特許請求の範囲に記載されたとおりの「内側に星を描いてある多面体」というもので、星を描く方法について特段の限定を付したものでないことは明らかであるところ、原告は、明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌すれば、本願発明がポリグノモン投影法により実施されるものであることは明らかである旨主張しているので検討するに、前掲甲第二号証によりこれらの記載を仔細に検討しても、本願発明が同投影法により実施されるものである旨の明瞭かつ明確な記載は必ずしも見いだし難いが、図面によりこれが窺われるものとしても、それは一実施例として記載されたものにすぎないものと解すべく、これによつて本願発明の星の描き方を限定したものと解することは到底できないから、原告主張のポリグノモン投影法の有する法則の利用による効果を本願発明に特有の効果とすることはできず、これが本願発明に特有の効果であることを前提とする原告の主張は既にこの点で失当であるといわざるをえない。なお、原告は、本願発明が内側から星を眺めることができるという構造をなしていることによりはじめて前記主張のような効果を奏し得るものである旨強調しているので付言するに、本願発明のものがそのような構造のものに限られるか否かはさて措き、前記二の認定事実に照らせば、内側から星が眺められること自体は公知の第一引用例自体の有する効果に他ならないものと認められるから、本願発明がポリグノモン投影法により実施されるものと仮定しても、本願発明は内側から星を眺められるという第一引用例記載の考案の有する効果に加えて第二引用例にも示されている周知のポリグノモン投影法の有する効果を利用するものにすぎないということに帰し、かかる効果が当業者の容易に推測し得るものにすぎないことは明らかであつて、いずれにせよ、これらの効果をもつて格別のものということはできない。

(三) 更に原告は、本願発明は見比べやすく組み立てやすいという、第一引用例記載の考案のもの等の長所を集めたものであり、その点にこそ本願発明の顕著な作用効果が存するものである旨主張するが、発明の奏する作用効果が顕著かつ格別のものであるというためには、公知又は周知の個々の技術について当然予想される効果(これを長所というも同じである。)を単に寄せ集めただけでは足りず、これを組み合せることにより、それぞれの有する各効果の総和以上の、当業者の予測を超えた新しい作用効果を生じたものであることを要するから、前記のように、本願発明の効果がいずれも第一及び第二引用例の記載にみられる公知又は周知の技術から当業者の容易に予測し得るところである以上(他に、これらから予測し得ないような効果の発生を認めるに足りる証拠はない。)、審決指摘のとおり、本願発明は顕著かつ格別の作用効果を有するものではないといわざるをえない。

(四) よつて、本願発明の作用効果の顕著性に関する審決の認定判断の誤りをいう取消事由(2)も理由がない。

四 以上のとおり原告主張の取消事由はすべて理由がなく、審決の認定判断は正当というべきであるから、原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

内側に星を描いてある多面体。

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